しずかに、 ゆたかに、 暮らすために。 自己実現より、成功した 自分をイメージすることより、 日々の「生活」こそが大切だと思う。 住環境は、生活の質を大きく左右する。 敷地の環境が良いだけでは足りない。 その長所を増幅し、短所をリデュースする 住まいが必要だ。快適な住まいは生活習慣を変え、 ココロとカラダのありようを、QOLを高める。 SUMiZ 披露山・陶芸家とサーファーの家は、 本格的な工房と窯がある、ユニークな設計である。 2008年8月竣工。それは完成ではなく始まり。 15ケ月を経て、住まいは、若いご夫妻に、静かで 豊かな暮らしを、もたらしているだろうか。 |
ご希望は、本格的な陶芸工房、 火力1250℃の窯の屋内設置、 エアコンもテレビも要らない生活 けれどもご予算は…… オーナーは、30代前半の若いご夫婦である。早くご結婚され、すでに10年。 奥様は陶芸家で、ご主人は会社員でサーファー。大阪に住んでおられ、自宅に工房があり、窯も据えていた。 奥様はまだ幼いとき、ロクロを触らせてもらう機会があり、それが心に残って、17歳のとき陶芸を始めた。すぐに生活の一部になったが、陶芸家として名を成し、経済的にも成功し、といった野心はなかった。 土を触り、なにかを創り、多少作品が売れ、喜んでもらえる。生活を心地よく、充実させる。それで良かった。 しかし作品が評判となり、飲食店からまとまった注文が入るようになり、個展を開き、陶芸教室の講師を務め、とノルマに追われるようになった。 それは求めている生活ではなかった。 ご主人も同様だった。大阪住まいは、サーファーには向かない。 まずご主人が渋谷の外資系会社に転職し、大阪の工房を閉めなければならない奥様を残し、単身上京。合流したのち、ふたりは、新しいライフスタイルを実現する住まい探しに取り組んだ。 逗子鎌倉周辺で土地を探した。火を使う窯つきの工房を構えたいから、市街部は除外。静かな住宅街であっても密集しているのなら選択外。 緑が多く、住宅がまばらで、光や風が心地よく、新緑や雨の匂いが届くよような……。 予算も充分ではなかった。かといって辺鄙な場所ではご主人の通勤に支障をきたす。これは難しいと、探し始めて改めて思い知らされたが、ほどなく理想的な物件に出会った。 SUMiZ 披露山グリーンハウス。提案型分譲住宅。2階パノラマウインドウ窓外に広がる天然の雑木林。ルーフバルコニーの南には手が届きそうな披露山、東に三浦の山稜、西は丹沢、その向こうに富士、遮るもののない全天の空。 通過交通もない、下界とある種隔絶された「天界」 JR逗子駅までは、ご主人の脚なら15分。逗子は湘南新宿ラインの始発駅だから座れ、渋谷まで58分、通勤に問題はない。 |
由比ヶ浜、大崎、七里、サーフポイントへはボードキャリア装備の原付で10分圏内。 即決しても良いくらい気に入ったが、先約者がいた。しかし幸い、SUMiZ披露山は2邸プロジェクトで、1区画が更地で残っていた。 立地上、隣の "グリーンハウス" のような270度パノラマウインドウやルーフ全面バルコニーは望めないが、諸我アーキテクトに「陶芸工房のある住まい」という特殊条件に特化した設計を成してもらえるメリットの方が大きいだろう。 奥様は子供の頃から「いつか建てる理想の家」を夢想し、勉強もしていたから、かなり具体的なプランを作って建築家に託した。建築家も窯つき陶芸工房のある家を設計するのは初めてだったが、もとより建築設計は百種百様で、全てがレアケースである。 工房についての、奥様のご希望は2点だった。 1)自然光で、気持ちよく製作できること。 2)窯の設置。 「作業は、陽のあるうちに、自然光のもとでやりなさい」と、師匠に教えられた。ノルマに追われて深夜2時3時までかかって作ったものは、翌日見ると、なるほど色も、カタチすらもイメージとは違うものになっている。 窯の設置も簡単な課題ではなかった。酸素を追い出し、仕上がりが柔らかい還元窯、200V の電気とガスの併用による1250℃の火力。窯自体は丈が低い大型冷蔵庫程度だが、裸炎は窯の外にまで達し、設置スペースは4㎡しかない。つまり、ヘビーデューティーな断熱・防音壁が不可欠だ。 奥様と建築家は、窯の専門家も交え、ワークショップ的にプランを詰めていった。1階に11帖余のスペースを取り、プロの作業場だから床は表面硬度を高めたモルタル、壁はラーチ合板ママとした。汚れや鋲打ちが気にならず、棚などを自由に設置できる。 採光設計はもとより、作業動線を考えた設備のレイアウト、小柄な奥様に合わせ、作業台や天吊り棚ひとつひとつを設計、隣接する窯部屋はフレキシブルボードを二重にして断熱材を分厚く充塡して万全を期し、給気のため勝手口をアルミのパンチング(有孔)ボードとし有圧換気扇を設置。プロパンガス使用で、通常屋外に設置する窯の操作パネルを工房内に引きこむなど、安全性作業性を |
![]() ![]() 高める工夫は細部すみずみに及んだ。 2008年8月竣工。それは完成ではなく始まり。入居15ケ月を経て、住まいはどのように暮らしに馴染んでいるのだろう。 アフターケアを兼ね、お邪魔させていただいた。 エントランスから工房への廊下、壁一面に造りつけられた木の棚は焼き上がった作品でほぼ埋まっている。 工房の壁は全面の白、ご夫婦で白ペンキで塗り上げたとのこと。マスキングが大変だったが予想以上の仕上がり。 工房の一角にはご主人手製のサーフボードラック。 隣人にも恵まれ、作品や作業を見に来たり、おすそわけしてくれたり。普通の家だと「訪問」になってしまうが、土間的工房なので隣人も気易いのであろう。 2階の "Family Dining" に上がると、低いソファと、大きな木製のテーブル。飛騨高山の家具工房で造ってもらい、ご主人が脚をカット、低くした。 「景色が変わるって発見したんですよ!」と奥様。 「視線を下げるとまるで、違う部屋のように感じるほど」 南面、北面に大きな窓がある。ことに北面、隣家の広い庭が借景となり、披露山の中腹なので逗子の市街や背後の山など眺望が素晴らしい。南の窓の下のソファに座るとその眺めが変わって、 |
![]() ![]() 緑と空だけが窓外いっぱいに広がる。 冬は背中に陽が当たり、うとうとしてしまうほど心地よい。 北面にソファを置くと、隣家の屋根の向こうに披露山の緑。頂上の椰子の揺れを見て、風と波を読む。風がなくて蒸し暑い日は、そのために外壁に設置されたフックを使って葦簀を架ける。 季節を問わず、テーブルとソファのレイアウトを変える。その度に新たな発見があるらしい。 この家には、エアコンとテレビがない。必要がない。 一夏で数度、ちょっと今日は暑いなと感じる程度。潮で湿った南風は披露山で遮られ、どういう加減か北の窓から涼風が吹き込む。真冬もときどき灯油ストーブを使う程度。 設計段階では分からなかったが、住み込んでみると、窓の位置ひとつとっても、景観、採光や風の流通、絶妙に設計されていることに気づく。 取材の途中、ご主人が「ちょっと波が」と、あっという間にウエットに着替えられ、原付にボードを積むやアクセル全開で消えられた。 奥様は模様替えがどんなに楽しいかを語り続けておられる。 住まいと、ご家族によって、「生活」を実現した好例で、SUMiZ の作り手にとってもこれほど嬉しいことはない。 |
SPEC= ■建蔽率/容積率:40/100 ■敷地面積:121.32㎡ ■構造:木造在来軸組工法2階建て ■建築面積:48.49㎡ ■延床面積:96.15㎡ |